発病した日

Aloha.

 

2001年9月11日、どことなくひょうきんな兄のしぐさに似た息子を抱きながら、

幸せをかみしめていたんです。

もしかすると、この気持ちが人を愛するって

ことかもしれないと思っていました。

枯渇した空っぽの心に潤いを与えてくれたのが、主人であり息子でした。

『愛』というのは、

口にすると背中が痒くなり、

自分よりすごく遠い言葉。

斜に構えて、『結婚』なんて考えられなかったわたし。それなのに、眼鏡をとった主人の瞳を始めて見た瞬間、電撃が体中に走ったことを

今でもハッキリ覚えています。

『こんなことがあるんだ』

 投げやりに生きていたわたしは、日に日に恥ずかしくなる反面、

大笑いできる自分に驚いたんです。その大笑いは兄がいた日々のものと同じでした。

 

その日、何でもなくテレビを見ていました。

ニューヨークの同時多発テロ事件。

その瞬間の映像は、わたしの目を耳を脳を

恐怖で満たしました。

『何? 映画? 現実? 嘘?』

息子をぎゅっと抱きしめた時には、

『お兄ちゃん? ○○君? ○○?』

何が起こったのか、理解できていなかったのですが、兄と主人と息子がむすびついてしまったのです。

『また突然死んでしまうの?』

と混乱しました。それは恐怖そのものでした。

 

兄が検査入院で異常なく、

明日退院という夕方、

『じゃあ、明日ね、待ってるね』

『じゃあ、明日』

と言って手をふり病院で別れました。

翌日、父の職場の従業員さんが

授業中のわたしをむかえに来た状況は、

疑問そのものだったのに、

悲痛な表情で

『お兄ちゃんは頑張った』と

過去形にして告げられたひとことの先を

考えることなど到底できなかったのです。

大病院につき病室まで行って、

横たわっている兄の肋骨が凹んで折れ、

笑った時に見える八重歯や、

大きな前歯が折れていました。

苦しそうでした。

『こんなになるまで、何が起こったの?』

 

死は、生の隣にあるんだということは、

わたしの人生の大半がしめている

ことです。なぜなら、

兄が亡くなったのは13歳の春です。

わたしは小学5年生11歳でした。

33年以上経っている今、

 

わたしはなぜか人前で歌を

歌わせていただいています。

そのライブの夜、なんとなく兄の

気配を感じていました。

もうすでに、息子や娘の方が

大きくなってしまった今、

『見守っていて、はかわいそう。

わたしのもう一人の息子みたいなもん』

とつぶやくようになりました。

15分の短い出演の後で、

『ぼく、お兄さんと同級生です』

といった中年男性(どこからみても

おじさん)が話しかけてきました。

そして、

『自殺やったん?』と言ったのです。

何を今更って思いましたが、

そっかー、兄が無念を晴らすため

言わせてるんだと感じました。それだから、

『違うよ。当時そういう

噂が流れたね。兄は医療ミスで死んだの』

とはっきりと伝えました。

 

わたしは、兄の死からしばらくしても

紺色の兄の匂いつきの布団で寝ていました。

その布団だけが、兄を感じることができました。だけど、桜が咲く頃知らない間に

片付けられて錯乱し、

近所の桜が満開で、あまりにも綺麗だったので

嗚咽のように泣きました。

涙は枯れることがなく、6年生の時には

クラスの女の子がキャーキャー騒いでも

話すことなく浮いた存在になっていきました。

 

母は真っ暗な部屋の仏壇の前で

わたしが帰ったことに気づかずに泣いていて、

父は怖い人たちと喧嘩し、仕事どころ

ではなく荒れていました。

兄は2歳で川崎病になり、第一次成長期に身長がのびず、山椒は小粒でぴりっと辛い! を

ひょうきんにして、太陽のように明るい人でした。野球が好きでした。

当時新聞に載っていた『川崎病になった10年後には、心臓のカテーテル検査を受けてください』というお知らせを母が見て、兄は入院したんです。

だから、母は、

父方の祖母に『あんたが殺した』という

どん底の家族をもっと地獄へ突き落とす言葉を浴びせられていました。

兄が死んだだけでも恐ろしく不幸

なのに、この世のものと思えない

醜い言葉が飛ぶ家で、

わたしは絶対的な味方の兄を失い、

暮らして行かなくてはなりませんでした。

そんな酷い家庭で、

わたしの側にずっといてくれた

母方の祖母がいたからこそ

わたしが母になり命をつなげたことはまちがいありません。

 

 同時多発テロ事件の日から、

恐怖と不安定な日々が続きました。

主人が仕事している時も

電話をかけて安否を確認していたように

思います。

フラッシュバックが頻繁に起こるようになり、

兄の死後の恐怖

襲われた後ホテルから逃げ帰った恐怖

誰にも言えなかった恐怖

心配してくれた男友達が事故死した恐怖

兄に似ている主人と息子の未来への恐怖

に押しつぶされそうでした。

15年前のその当時は、

ただただフラッシュバックが起こるたび

すべての場面が同時に襲ってくるので

どの時代に生きているのか

さっぱり分からず、

『ああ、わたしの人生は終わったんだ』

と天井を見ながら泣いたのをうっすらと

覚えています。

 

A hui hou.