医師への視線

Aloha.

 

15年前に受診していた先生に

不信を抱きました。

鎮静剤の注射が怖くて仕方がありませんでした。それでも押さえつけられました。

『あなたのような精神的な病の方は

ほとんどが離婚されるでしょうね』

その言葉は、

その後ずっとわたしを苦しめています。

精神科医(そうでない人も)がそのようなことを告げる権利があるのでしょうか?

 

しかも、先のブログで述べた事実を

すべて告げたところ、

『妄想虚言癖がある』

と母に告げたのです。だから母は、

主人に『虚言癖がある』と

その医師に言われたとおり告げたのです。

母に気づいてもらえなかった数々の不幸。

全部、わたしの嘘で片付けられようと

していたのです。

 

統合失調症』という診断が

くだされるまで、精神的な病に対して、

『甘え病』

『気合いが足りないだけ』

と思っていました。

でも、それは間違ってました。

もしも、

『わたしは統合失調症なのぉ』

と伝えられても、

どうしていいか分からないし、

理解できないし、

『そんな病気をわざわざ公表しなくていいのに。聞かされても迷惑』

とも思います。でも、嘘ついている

と思われるだけなら、

書いてもいいでしょう。

わたしが嘘をついているかどうか、

きちんと専門家が判断すればいいのです。

 

わたしは、父方の祖母が

兄が亡くなってからもずっと

『○○が生きてくれてたら……。あの子だけは

わたしの味方やった』

と嘆くたび、自分の存在価値のなさを

知らされてきました。

祖母はお料理上手で

水戸黄門が好きで

洗濯物が好きでした。

いくら大腿骨が骨折し、金物をいれて痛くても、毎日階段の上り降りをして

『歩けなくならないようにこれだけはする』

と、欠かさず洗濯物を干していました。

雨になると頭が痛くなり

興奮すると泣きわめいて

母とわたしを何かしら毎日困らす人でした。

誰よりも5人の我が子(父含む)を

絶対的に愛する人でした。だから、

父を母にとられて憎いのかと

思ってきました。

興奮すると泣きわめく祖母に、

顔をしかめていた独身の頃。

今では、わたしがそれを受け継いだなんて

悔しいけど、

『おばあちゃん、わたしがあなたの苦しみを

一番分かるようになってしまった』

と半分ため息で笑うようになりました。

理解できなかったけれど、

理解しようとしなかった

わたしの心の差別が

きっと祖母とのみぞを深めていたに

ちがいありません。

 

あの医師は

何を思って『離婚』を断定した

言葉をいい、

その後15年間も患者が苦しんでいる

ことを知っているのでしょうか?

数々の病院を転々とし、

色々な医師とお話しました。

 

医師が患者の病を診断するけれど、

誤診があるのだから、

患者は医師に言いなりになったら

いけないと

この15年間感じてきました。

 

今の先生に出会えたことは、わたしの

ゆがんだ医師への視線を変えてくれます。

 

兄が亡くなった原因は、

推察ですが、

ひどい喘息とそばアレルギーの兄に

注射を打った直後、

アナフィラキシーを起こしたことだったのでしょう。

(それは18歳の頃、医療裁判のための資料として、テープやあやふやなカルテから

調べた結果で、そう信じてしまっていますが、断定すべきではありません。その後今もなお苦しむ病と少なからず因果関係があるということが伝えたいだけです)

しかしながら、横たわる兄の前で

大病院の先生が、

『この方は、普通にランニングをされていても亡くなられていました』

と、小学生のわたしでも

『嘘をつくな』と叫びたくなる瞬間でした。

医者不信、注射恐怖はこの時に

土台ができたのだと思います。

 

A hui hou.