生きづらいと、想像できませんか? どうでもいいですか?

Aloha.

物語をつくるたびに、
『妄想癖』があると
言われても仕方がないと思います。
そうわたしが思ってしまうのです。
それでも、
『虚言癖』といわれるのは、

物語をつくればつくるほど、
『ほらね、嘘で固められるんだ』
と生きづらくて仕方がありません。

15年前に、
母が医師を信じ、わたしを
『妄想虚言癖』と主人に伝えた事実が、脳天に打撃を与えました。
兄の死だけでなく、
知らない人(同じ年くらいの男の子でした)に襲われ、わたしの暗さを心配した友人の男の子が事故死して、
『もうこんなに苦しいのは死にたい』
と何度も思いました。それでも
我が子が死ねばどうなるか……を
嫌というほどわたしは知っているんです。父と母のためにだけに
生きてきたんです。
ただ、父と母のためだけに
存在してたんです。

父と母はわたしのことを
知らなかっただけです。
気づいてくれなかっただけです。
言えなかっただけなのに、
わたしを『虚言癖』だと信じたのです。

やっと、
『書くこと』が
自分のやりたいことだ
と知って、
コンクールで入賞もさせていただきました。(まだまだですが……)

でも、書くと
15年前の診断結果を
裏付ける気がしてきました。
自分がそう思うのだから、
家族や友人が
思うことも仕方がありません。

わたしが物語を書けるのは、
文章力や起承転結の技術があるからではなく、ある日ある時
目の前に『映像』が流れるからです。
その映像を
文章にしているだけなので、

要するに……が抜け、
一体何が言いたいのか……
となってしまうのだと
思います。

想像してください。
もしも
『あなた妄想虚言癖です』
と断定されたとします。
家族や友人、職場の人たちと
接するとき、自分自身が嫌に
なりませんか?
しかも
いいたくもない
聞きたくもないだろう過去の話をし、
その相手が精神科医だとしたら、
怒りませんか?
嘆きませんか?
生きづらくありませんか?

A hui hou.