気づかれない淋しさ

Aloha.

福祉の訪問介護の資格を持っています。その勉強中、講師の方が
『福祉とは、愛だと思いますが、
曖昧すぎて分からないでしょう。
愛とは何だと思いますか?』
といわれました。

わたしが最も不得意とする質問でした。
首をかしげ、その解答を待ちました。

『気づいてあげるってことです』
と講師の口から聞けたとき、
胸の傷みを感じました。
『誰にも気づいてもらえなかった時間が長すぎたんだ』
と納得しました。

もちろん、
親になって知ることは、
子どもの全てに気づいてあげること
など不可能だということです。
だから
わたしは未だ自分が、
『愛がある』なんて口が避けても
言えません。程遠い場所にいて、
我が子が愛に飢えていることに
気づいてあげられていないかも
しれません。

『愛』

の歌を歌うと、独身の頃の
心の醜さや
母親としての未熟さや
人間としてのあり方を
突きつけられます。
でも、これからも歌っていくでしょう。

きっと気づいてもらいたかった
あの頃のわたしへ
『つらかったね、
あなたの安堵が
未来のわたしを救うから、
どうか不安にならないで』
と抱きしめ歌っていることでしょう。

A hui hou.