祖母の17回忌

Aloha.

祖母の17回忌がもうすぐあります。

思い出したくなくても、

幻影のように自然に映像が目の前に

出てくるので

困ります。本当に日々面倒くさいです。

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息子が生まれて、新居から実家に

遊びに行くと、

『結婚した人がわざわざ何で帰ってくる?』

と玄関先で言われてました。

帰るやいなや、その言葉。

『いい加減にして! わたしは孫、○○はひ孫。可愛くないの?! どうしておばあちゃんはそうなん?』

と言い放つと、祖母は、

『孫に、そんな風に言われる筋合いはない』

と細く小さい体からは想像できないほど大きな声でわたしを怒鳴りつけました。

 

それでも、独身時代、

祖母の鼻にピンポン玉くらいの

癌ができ、仕事帰りに

毎日のように見舞いに行きました。

『わたしの苦労が分かってくれたか?』

とひと通りに苦労話をすると

落ち着いて、寝てくれたので、帰るという

繰り返しの毎日でした。

 

祖母の夫は(わたしの祖父)は

5人目の子が産まれて3ヶ月の時に、

亡くなりました。

5人生まれて初めて籍に入れてもらい、

ずっと前妻を想っていただろう夫を

辛そうに語っていました。

前妻の母との同居。

自分の性格のきつさは、和歌山から

家まで用意してくれた

良家の縁談を捨てて逃げたことや

実父母を覚えていないこと

学歴のなさを知られたくなかった

プライドの高さと偏りからきていると

自分を責めていました。

 

そんな祖母は、

奇跡の復活をとげ、癌が消えました。

医師も不思議がる回復をしたのです。

 

それからの4年間。

祖母の荒れ方は目を覆うものでした。

その間に、

父の兄でわたしの伯父(祖母の長男)が

亡くなりました。

我が子を亡くした母でしか、

父方の祖母の面倒をみて、同居できる

人は誰もいなかったと思います。

 

だから、

母がわたしの色々な惨事に

気付かなかったことは

残念ながら

仕方なかったことです。

それくらい、

祖母は母を頼りきっていたし

『ごめんな。あんたしかいない』

と、

何度も何度も母に頭を下げながら、

ころっと形相が変わると

豹変し

『こんなん等にわたしの苦労が分かるか!』

とくだをまいていました。

 

Ahuihou.